AI運用の土台づくり

AIに記憶を持たせる

AIエージェントは、放っておくと一瞬で記憶喪失します。
md(マークダウン)と Obsidian で「記憶の報連相」を仕組み化すると、長期・複数人・複数AIでの協働が安定します。

1なぜ「記憶」の話から始めるのか

バイブコーディングは0から80まで一瞬。問題はその先です。

AIに指示して開発やタスク整理を進めるスタイル(いわゆるバイブコーディング)は、0から8割の完成度までは誰でもあっという間に到達します。むしろ驚くほど速い。

ところが、そこから細部を詰める段階、しかもそれを長期的に、複数人・複数AIで続けようとする段階で必ず壁にぶつかります。

よく起きること

・昨日まで分かっていたはずの前提を、AIが今日は覚えていない
・同じ説明を毎回やり直している
・別のAIツールに引き継いだら、まるで違う思想で書き始めた
・会話が長くなるにつれて、AIの判断がだんだん雑になってきた

これは能力の問題ではなく構造の問題です。そして構造の問題なので、仕組みで解決できます。

要するに、私たちが日頃やっている報連相を、AIたちにもやってもらうということです。記憶と記録の報連相。それがない限り、各AIは独自の文脈と思想で勝手に動いて収拾がつきません。

2PCに例えると分かりやすい

AIに足りないのは「頭の良さ」ではなく、別の部分です。

AIの得意・不得意を、パソコンの性能に例えて整理してみます。

考える力

PCで言うと CPU 性能

問題を理解して、筋道を立てて答えを出す力。ここは非常に優秀です。人間が数時間かかる調査や実装を数分でやります。

ここは十分足りている

同時に抱えられる量

PCで言うと メモリ 性能

一度の会話で保持できる情報量。これは有限で、契約プランやツールごとに上限があります。上限に近づくと古い記憶から消えていき、しかも思考の質まで落ちます。

上限がある・対策が必要

忘れないための引き出し

PCで言うと ストレージ

会話が終わっても残る、長期の記録。ここがそもそも標準では存在しません。だから毎回ゼロから説明することになります。

ここを自分で用意する
つまりやることは1つ

AIの「考える力」は借りたまま、足りていないメモリとストレージを、こちら側で用意してあげる。それだけです。その道具が md と Obsidian になります。

3md(マークダウン)— AIが読み書きするメモ

メモリとストレージの両方を補助する、いちばん基本の道具。

.md という拡張子のテキストファイルです。マークダウン記法という簡単な書式で書かれた、AIが扱いやすい形のメモだと思ってください。

置き場所は、作業するプロジェクトのフォルダに直接置くだけ。それだけで機能します。

基本の使い方は「読ませる・書かせる」の2つだけ

STEP 1
作業前に読ませる

「このmdを見て状況を把握して」と伝える。前回までの経緯・決定事項・注意点をAIが把握した状態から始まります。

STEP 2
作業する

実装・修正・調査など、いつも通り進めます。ここは特別なことは何もしません。

STEP 3
作業後に追記させる

「変更点をmdに書いといて」と伝える。次回や別のAIが、ここから続きを始められます。

このサイクルを回すだけで、会話が途切れても・日をまたいでも・担当のAIが変わっても、文脈が生き残ります。

実際の指示のしかた

特別な書き方は要りません。普通の日本語でこう言うだけです。

○○のmdを見て状況を把握して 作業開始時。前提の説明をこちらでやり直さなくて済みます。
○○のmdを見て実装をお願い 仕様がmdに書いてあれば、指示は1行で足ります。
○○のmdに、別のAIが実装するための計画を書いておいて AI同士の申し送り。書いた本人以外が読む前提の記録になります。
○○のmdにレビュー結果を書いといて 指摘事項を残す。別のAIがそれを見て修正する流れが作れます。
○○のmdを見て、レビュー結果をもとに修正して 受け取る側。何を直すべきかを毎回説明しなくて済みます。
ここが効いてくる

mdを整備しておくと、会話が長くなってきたら安心して圧縮・リセットできるようになります。記憶はファイル側に残っているので、AIの思考レベルを一定に保ったまま、記憶喪失を避けて作業を続けられます。

なお、mdは自分でも編集できます(VS Code などのテキストエディタで開けます)。ただ実際のところ、作成から編集・運用までほとんど自分では触りません。AI向けの仕組みなので、AIに書かせて、AIに読ませるのが基本です。

4Obsidian — mdを一元管理する引き出し

こちらは主に「管理する人間」のための道具。ストレージを担います。

mdが増えてくると、今度は「どのmdがどこにあって、何と関係しているのか」が分からなくなってきます。そこを解決するのが Obsidian です。

ローカルにインストールするだけのシンプルなアプリで、mdファイルを集めて置いておくと、それぞれの関連性を線でつないで見せてくれます。

案件A 仕様 関係者 議事録 教訓 案件B

ノート同士が関連づけられ、点と点が線でつながっていく

これがあると、久しぶりに触る案件の状況把握が一気に楽になります。「この案件はこのノートを見て…あ、こっちのノートとつながってるのね、じゃあそっちも見よう」という辿り方ができる。自分で読んでもいいし、AIに読ませてもいい。

効いてくるのは「案件をまたいだとき」

単体のプロジェクトなら、正直mdだけでも足ります。Obsidianが本当に効くのは、案件や人間関係が積み重なってきたときです。

こう言えるようになる何が起きているか
「○○案件のときみたいに進めて」過去の進め方が記録されているので、方針を一から説明しなくて済む
「○○さんが一緒だから、あの感じで」関係者の特性・過去のやり取りが残っているので、コミュニケーションの前提が引き継がれる
「○○プロジェクトの成果物を参考にアイデア出せない?」過去の資産を引っ張ってこられる。ゼロから考える必要がなくなる
コスト面でも効きます

すべてを一から考えたり構築したりしなくて済むようになるので、AIの利用量(トークン)の削減にもかなり効きます。過去の判断を再利用できる状態は、そのまま費用の節約になります。

アプリ自体はローカルで動きます。課金するとスマホアプリと同期して複数デバイスで共有できますが、メインのPC1台だけで運用しても十分機能します。

そしてmdと同様、Obsidian側のノートも自分で書くことはほとんどありません。「変更点はObsidianにも書いといて。関連するノートがあればそれも更新しておいて」と伝えるだけです。

5この仕組みで何ができるようになるか

単に忘れなくなるだけではありません。

  • 長時間作業しても記憶喪失しない。会話を圧縮・リセットしても、記録はファイル側に残っているので前提が失われません。
  • AIツールをまたいで連携できる。複数のAIエージェントを併用していても、同じmdを読ませることで思想と文脈を揃えられます。
  • 他の人のAIとも連携できる。共通のルールとファイルを共有すれば、別々の人が別々のAIで作業しても足並みが揃います。
  • 関連する記録を自動で更新してくれる。「あ、このノート関連してる。読もう、更新もしとこう」とAI側が判断して動いてくれます。
  • 管理そのものを任せられる。コーディングだけでなく、タスク整理や関係者の記憶の管理まで含めて任せられます。
複数人での協働には、ほぼ必須になります

ひとりで短期間なら勢いで乗り切れます。でも他の人と、AIを使いながら、長期的にブレずに開発を続けようとすると、この種の枠組みなしにはほぼ成立しません。0から80までは誰でも一瞬で到達できるからこそ、その先の差がここで出ます。

6ひとつだけ、先に決めておくこと

これをやらないと、AIが記録を壊していきます。

md と Obsidian を導入するとき、「mdとObsidian自体をどう運用するか」というルールも、mdに書いておくのが重要です。根っこになるファイルに、運用ルールそのものを記録しておく。

ルールがないと何が起きるか

AIは記録を読んで動きますが、書き方の方針が示されていないと、想定外の場所に書いたり、既存の記録を上書きして壊したりします。良かれと思って整理した結果、構造が崩れることも起きます。

書いておくと良いのは、例えばこういった項目です。

  • ファイルの命名ルール(日付を入れるか、どんな単位で分けるか)
  • どのファイルを最初に読むか(入口となるファイルを決めておく)
  • 作業完了時に何をどこへ追記するか
  • 更新してよい場所と、勝手に触ってはいけない場所
  • 記録が古くなっている前提で、実物を確認してから使うこと

最初にこれを決めておくだけで、AIの挙動がかなり安定します。逆に言えば、ここを決めずに始めると、後から整理し直す手間のほうが大きくなります

7まとめ

やることは、そんなに多くありません。

道具担う役割誰のためのものか
md
マークダウンのメモ
メモリとストレージの補助 主にAIのため。プロジェクトフォルダに直接置き、作業前に読ませ、作業後に追記させる
Obsidian
md管理アプリ
ストレージ本体・関連の可視化 主に管理する人間のため。案件や人をまたいだ記憶の引き出しになる
運用ルール
根っこのmdに記載
AIの挙動を安定させる 両方のため。これがないとAIが記録を壊すことがある
管理が苦手な人にこそ効きます

こういった管理が得意な人だけの話ではありません。むしろ記録や整理が苦手で、頑張るとひどく疲れてしまうタイプの人にとって、最も恩恵が大きい仕組みだと思っています。コーディングそのものだけでなく、タスク整理や、人との関わりの記憶と記録の整理まで、まとめて任せてしまうのが結局いちばん楽です。